【建設業法改正】元請の「努力義務」とは?標準労務費と労働者の処遇改善への影響
建設業界の最重要課題は「労働者の処遇改善」です。2024 年(令和 6 年)の建設業法・入契法改正では、元請企業に「下請契約における労務費相当額への配慮」という努力義務が新設されました。
本記事では、この努力義務と「標準労務費」の関係を軸に、制度の背景・狙い・リスク、そして元請・下請が取るべき具体策をわかりやすく解説します。
目次
建設業の未来を左右する「労働者の処遇改善」
深刻な担い手不足を解決する鍵は、技能者が安心して働ける賃金水準と職場環境を整えることです。建設業就業者 485 万人のうち 55 歳以上が 36%を占める一方、29 歳以下は 12%しかいません(総務省「労働力調査」2023 年平均)。処遇を引き上げなければ若手は定着せず、技能承継も危うくなります。
令和 6 年法改正の注目点:元請負人の「努力義務」
改正建設業法では、元請企業が下請と契約する際、見積依頼・契約締結時に「労務費相当額を著しく下回らないよう配慮」する努力義務を明記しました(改正第 19 条の 6)。これに連動して国土交通大臣は「標準労務費」を勧告できるようになり、賃金の“最低目安”が示されます。
この記事で分かること:「努力義務」の全貌と対策
- 努力義務と標準労務費の仕組み
- 努力義務を怠った場合のリスク
- 元請・下請それぞれの実務ステップ
なぜ今「労働者の処遇改善」が急務なのか?
処遇改善は「コスト」ではなく「未来への投資」です。本章では背景を整理します。
深刻化する担い手不足と処遇問題
技能者の高齢化により 2030 年には約 92 万人が離職すると推定されています。一方、若年入職者は賃金の低さを理由に他産業へ流出。「安くて厳しい」はもはや通用しません。
処遇改善は未来への投資
十分な賃金と休暇を確保すれば、離職率が下がり教育コストが減少。生産性も向上し、事故率も低減するという試算が国交省のモデル事業で示されています。
【建設業法改正】注目の「努力義務」を徹底解説
令和6年改正で導入された元請の「努力義務」について、条文のポイント・制度趣旨・実務への影響を順に整理し、現場で何を変えるべきかをわかりやすく示します。
努力義務の条文と内容
改正建設業法第 19 条の 6 では「元請負人は、下請負人と請負契約を締結するに当たり、工事に通常必要とされる労務費に相当する額を著しく下回る額での契約とならないよう配慮するよう努めなければならない」と規定。
直接罰則はありませんが、監督処分・勧告・公表の対象となり得ます。
なぜ「努力義務」なのか?
いきなり「義務」にすると契約自由の原則との衝突が大きいため、まずは努力義務で取引慣行を転換し、実効性を高める狙いがあります。建設 G メンの監視も合わせ、実質的な強制力を持たせています。
具体的に何を「配慮」すべきか?
- 見積依頼時に作業内容と数量を明示し、過度な値引きを求めない
- 下請が提示した労務費根拠を尊重し、協議を設定
- 契約書に労務費内訳を盛り込み、後日の減額を回避
この義務が目指すもの
「労務費ダンピング」を断ち切り、技能者の賃金を底上げし、建設業全体の健全化を実現することです。
「標準労務費」と努力義務の関係
「標準労務費」は、元請が努力義務を果たす際の客観的なモノサシです。ここでは、標準労務費がどのように算定・公表され、努力義務の判断基準として実務で活用されるのかを整理し、両者が相乗的に処遇改善を後押しする仕組みを解説します。
努力義務の判断基準としての「標準労務費」
標準労務費は公共工事設計労務単価をベースに、社会保険料事業主負担分まで含めて作成されます。元請はこの額を下回らないよう契約を組み立てるのが基本線となります。
※参考:国土交通省「標準労務費に関する検討会 中間とりまとめ」
標準労務費の概要
区分 | 内容 | 2024 年例 |
---|---|---|
型枠大工 | 直接賃金+諸手当+保険料事業主負担 | 21,000 円/日 |
鉄筋工 | 同上 | 22,300 円/日 |
標準労務費は地域・職種別に設定され、毎年度見直されます。
「努力義務」を果たさないリスクとは?
リスクを過小評価すれば、行政処分や取引停止、ブランド毀損まで一気に波及します。
ここでは、努力義務を軽視した場合に現実に起こり得るペナルティと信用失墜の連鎖を整理し、なぜ予防が最善策なのかを解説します。
建設 G メンによる調査対象
元請が標準労務費を大きく下回る単価で契約していないか、現場書類と銀行振込データを突合。2024 年度は 1200 現場を重点調査予定です。
勧告・公表のリスク
是正勧告に応じず悪質と認定された場合、企業名が公表され入札参加停止処分につながります。
社会的信用の失墜
低単価契約が SNS で拡散され、元請ブランドが毀損。若手採用が困難になった事例もあります。
取引上の不利益
優良下請が離反し、案件ごとに人員調達コストが上昇。公共工事の総合評価で減点対象になる恐れも。
人材確保への悪影響
処遇改善の風潮に逆行する元請は、若年層から敬遠され、結果的に自社現場が回らなくなるリスクがあります。
【元請業者向け】努力義務を果たすための具体的ステップ
Step1:見積もり依頼時の内訳明示
数量表・工程表を添付し、労務費と材料費を分けた見積を依頼。
Step2:見積もり内容の確認と尊重
標準労務費比較表でチェックし、根拠なき値引き要請を排除。
Step3:協議と合意形成
差異があれば打合せ議事録を作成し、双方同意を記録。
Step4:契約書への明記
労務費内訳・価格変動協議条項を盛り込み、後日の減額を防止。
Step5:社内体制の整備
購買・現場・経理が連携するチェックリストを運用し、下請契約全件をモニタリング。
【下請業者向け】処遇改善につなげるために
下請企業が「努力義務」規定を追い風に、自社技能者の賃金アップと職場環境の質向上を実現するためのアクションを示します。標準見積書の活用から元請との交渉術まで、実務で役立つポイントを分かりやすく解説します。
標準見積書の積極的な活用
国交省推奨の標準見積書に労務費・法定福利費を明示して提出。
根拠のある見積もりの作成
自社平均賃金証跡(給与台帳)と公共工事設計労務単価データを提示し、適正額を主張。
元請業者との対等な交渉
努力義務条文と標準労務費を根拠に、労務費削減要求には客観データで対抗。
処遇改善への還元
確保した原資を「基本給 2%アップ」「資格手当新設」などで現場へ直接還元することが信頼獲得への近道。
努力義務遵守は、信頼と未来への架け橋
努力義務は単なる努力目標ではありません。標準労務費という客観指標に裏付けられた今、遵守状況は企業の「社会的信用スコア」として発注者や金融機関、求職者に評価されます。
処遇改善を牽引できる元請こそが、優秀な下請・技能者・発注者から選ばれる時代です。
努力義務遵守の意義
- 公共工事の総合評価で加点対象:
自治体によっては入札要件に「標準労務費遵守宣誓書」の提出を求め始めています。 - 金融機関のESG 審査:
労務費配慮は人権デューデリジェンスの一環として注視され、金利優遇の判断材料になるケースもあります。 - 採用ブランディング:
専門学校の合同企業説明会では「労務費しわ寄せゼロ」を掲げる企業ブースに学生が集中した事例があります。
メッセージ
技能者が正当な賃金を得てこそ、高品質なインフラが次世代に残ります。「標準労務費+努力義務」は、そのための最低ラインです。元請は適正価格で発注し、下請は根拠ある見積で応える。その連鎖が健全なサプライチェーンを築き、企業価値と現場力を同時に高めます。
処遇改善はコストではなく投資。今日から一歩踏み出し、共に持続可能な建設業の未来を創り上げましょう。